留守の隣人
私がそのアパートに越してきたのは、一か月ほど前のことでした。
転勤で県外へ引っ越すことになった私は、新天地での物件探しを急ぐことに。
探し始めてすぐに見つかったアパートは、2階建てで築50年経つ古い建物でした。
古さこそ気になるアパートでしたが、駅からのアクセスには申し分なく、格安。
そして何より、希望していた2階の角部屋が空いていたのです。
私はすぐにその2階の角部屋を希望しましたが、不動産屋は何やら渋っている様子。
「あ、もしかしてもう先約が?」
そう聞くと「ええ、まぁ……」だの「いやぁ」だの、煮え切らない返事をするのです。
「そうならそうと言ってくれればいいのに」と思いながらも、私にはのんびり選んでいる時間も余裕もありません。
そこで仕方なくその隣の部屋を希望し、すぐに入居が決まりました。
越してきてすぐにアパートの住人たちへ挨拶に回りましたが、隣の角部屋の隣人はいつも留守のようでした。
数日はチャイムを鳴らしに訪れましたが、「バッタリ会ったときにでも挨拶すればいいか」と諦めてアパートでの生活を続けることに。
深夜に響くハイヒール
隣人は、深夜0時になると帰宅してくる生活のようでした。
“カツン、カツン、カツン……”
女性なのでしょうか。いつも深夜0時を回ると、ハイヒールで階段を上がってくる音がするのです。
しかし、その後は扉が開き、閉まったかと思うとそれ以降は一切生活音が聞こえませんでした。
多忙な生活を送る隣人に、「きっと仕事で疲れてすぐに眠ってしまうのだろう」と密かに労いながら自分自身も眠りに落ちていく、そんな生活を送っていました。
繰り返される、恐怖の音
ある日の深夜も、いつものように深夜0時を回ると隣人が帰宅してきました。
“カツン、カツン、カツン……”
“ギィィ……バタン”
扉が閉まり、いつものように静けさが広がります。
よほど忙しい生活を送っているのでしょうか、入居してから一か月が経とうとしているのに一度も隣人と会ったことはありませんでした。
大変な生活を送っているであろう隣人に「きっとアパートには寝に帰ってきているだけなんだな」と同情の気持ちを抱いていたその時。
“ドン!”
何かが、外の地面に打ち付けられたかのような大きな音がしました。
思わず飛び起き、固まっていると……。
“カツン、カツン、カツン……”
先ほど帰ってきたはずの、隣人の足音が聞こえるのです。
“ドン!”
その後、何度も何度も、階段を上がるハイヒールと大きな衝撃音が繰り返されました。
その衝撃音はまるで、人間がコンクリートに打ち付けられたような……。
私は恐怖に怯えながら、布団の中で固まることしかできませんでした。
あの音の正体は……
私は翌日、大家に話を聞きにいきました。
以前私の隣の部屋に住んでいた女性は、早朝から深夜まで続く多忙な仕事環境に心を病み、部屋の窓から飛び降りて自ら命を絶ったのだそう。
しかし、女性は2階のために死にきれず、何度も何度も飛び降りを繰り返し亡くなったのでした。
「アンタ変なことを聞くね。そこ、それからずーっと空き家だよ?」
一か月の間、私の耳に聞こえていたあの音は……?
それから私はすぐに引っ越し、あのアパートには一切近付いていません。
※この物語はフィクションです。
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