濡れた床
大学卒業後、県外の会社へ就職した私は、夏季休暇を利用して実家へ帰省していました。
その日の夜は、高校時代の友人たちと久しぶりに地元の居酒屋へ集合。
思い出話に花が咲き、気が付くと時計の針は既に深夜2時を回っていました。
先ほどまでの楽しかった時間を思い出しながら、鼻歌交じりに家路を辿ります。
家に着き、既に家族が寝静まるところ、玄関をそーっと開けて中へ入りました。
「ん?」
玄関を開けてすぐに風呂場が見えるのですが、風呂場の前の床が濡れていることに気が付きます。
母は綺麗好きで、濡れたままの床を放っておくことは考えられません。
不思議に思いましたが、たまにはそんなこともあるか、とそれ以上は深く考えず家へ上がりました。
不自然な水音
リビングで少しくつろいだ後、シャワーを浴びるために浴室へと向かいました。
「あれ?」
すると先ほどまで濡れていた、風呂場の前の床が乾いていました。
この短時間で乾いたとも思えず、見間違いだったのかな?なんて考えながら、ほろ酔い気分で服を脱いでいきます。
シャワーのハンドルを捻り、お湯が出るまで待っていると。
“ぴちゃ……ぴちゃん……”
シャワーから勢いよく出る水の音以外に、なにか形容しがたいのですが、どこかから水が滴るかのような音がするのです。
少々不審に思いましたが、酔いのせいもあった私は深く考えず、水からお湯へと変わったシャワーを勢いよく浴び始めました。
シャンプーを手に取り、ぎゅっと目を瞑って髪を泡立てます。
するとまた……。
“ぴちゃん……ぴちゃ……ぴちゃん……”
今度はシャワーを止めているため、はっきりと聞こえました。
一気にザワザワと騒ぎ始める胸。
なんだか、とても近くから聞こえる気がするのです。
真下を向いた前屈みの状態で髪を泡立てていた私は、その姿勢のままそっと目を開けてみました。
すると限られる視界の中に、捉えたのは……。
私の目の前に立つ、青白い両足でした。
見ていたのは、前からではなく……
私は恐怖で上を向けないまま、転がるようにして浴室を這い出ると、両親が寝ている寝室へ飛び込みました。
泡だらけの頭で大騒ぎする私に両親は驚き、飲みすぎだと叱られましたが、先ほど起きた出来事の全てを説明します。
すると父親は、「おまえもか」と言うのです。
父親も、この家の浴室で何度か同じような体験をしたのだと。
小さい頃から生まれ育った、心安らぐはずの実家でそんなことが起きていたなんて。
ショックを隠し切れませんでしたが、一つ確認したいことがありました。
足しか見なかった私は父親に、顔は見たのか?どんな顔なんだ?と問いました。
父親は言いました。
「そいつに首はない。首は別にいて、後ろから見てる」
※この物語はフィクションです。
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