誰でも発信できる時代……【誰かを批判する怖さ】を知っていますか?

昔と今で大きく違うのは、誰もがブログやSNSを通して、自分の声で発信できるということ。

とても便利で、表現の自由として大人気ではありますが、その反面、ネットの規制はまだまだ整備されておらず、トラブルの原因になったりもします。

表現の自由だからと、誹謗中傷や悪口を好き放題書き込むということは、好ましくありません。どうしてでしょうか?

今回は、誰かを批判する怖さについてお伝えします。

誰でも発信力があるけれど、個人攻撃は最大のタブー

最近は、ブログやSNS、またはショッピングサイトでもレビューすることができて、誰でもが発信力を持っています。

芸能人の不倫問題や政治家の発言ひとつにしても、ちょっとした「はずみ」で済まされていたことが、今は、個人の発言が拡散力を持って広がっていきます。

何か事件があれば、探偵になったかのようにコメントをしたり、TV番組や映画、作品に対しても、批評家のような発言をする方もいます。

かく言う私も、映画やドラマを見れば、それについて批評したくなることがあります。

「あそこのシーンが長すぎるんだよね」「最後のオチがイマイチなんだよね」などと言いたくなるのが人間なのですね。

しかし、個人的に「誰か」を批判したり攻撃することは、あまり賢明ではないと思います。

例えば、美しいママさんタレントが本を出したとしましょう。

本のレビューページには、読んでの感想と並んで、矛盾点や内容と関係のない個人の批判を書いている方もいます。

そのような文章を見て、あなたはどのように感じるでしょうか?

「誰か」を批判すると、それ以上の人にはなれない

相手のイメージを落としたいか、個人的に恨みがあるか、ただの嫉妬か、何にせよネット上の批判には、負のエネルギーをすごく感じます。

気を付けないといけないのは、「誰か」を批判してしまうと、自分はその「誰か」以上にはなれないということ。

その「誰か」が自分の目指す人なら、尚更です。

もしもあなたがママさんタレントやママさんモデルを目標としているなら、その人たちを理由もなく批判するのはNG。

例えば、私がハリウッドスターを批判しても到底なれるはずもないので、心おきなくできます。笑

しかし、自分の目指す人や憧れる人、もしくは近しい人を批判するのは危険です。

なぜなら、誰かを批判するということは、自分も「誰かに」批判されることを簡単にイメージできてしまうからです。

そうなると、どうでしょうか?怖くなりませんか?

イライラを感じるところ=重要だと感じているところ

評論家のように誹謗中傷を書く行為に隠されているのは、「自分の胸がざわざわする」「心がズキっと傷つけられた」などの特別な意識です。

それに対して自分が重要と感じていればいるほど、イライラを感じることでしょう。

例えば、あなたが○○さんのことを「家事も完璧で、仕事もバリバリできるんだ」と羨ましく思ったとします。

それは同時に、あなた自身が「家事も仕事も両立しなくては」と感じているということを指します。

自分が重要と感じているものには、誰でも敏感になってしまうものなのです。

幸せに生きていくために……

他人の何を重要視しているか=自分が評価されていると感じている部分なので、他人を「お金」「美貌」「地位」で判断する人は、自分もそれで他人から評価されると思っています。

人は、自分の概念にないものには反応のしようがないもの。

例えば、霊感商法などが怪しそうと感じても、自分の中にはさっぱりそういうものがないので、批判のしようもありませんよね。

どうせなら批判するのではなく、その羨ましいと感じる部分に近づけるように、自分磨きに充てましょう。

【批判すると、それ以上の人にはなれない】これはとても大切です。
他人の目が気になる方にも、同じことが言えます。他人があなたを気にしているのではなくて、自分が他人を必要以上に気にしているのです。

良い意味で他人に無関心でいられると、他人の目も気にならなくなりますし、わざわざ自分の貴重な時間を使って、他人のアラ探しや批判を書くこともなくなります。

余談ですが、タモリさんは以前、「芸能人になると決めてから、芸能人の悪口を言うのは一切やめようと思った。」と仰っていました。これも同じことなのではないでしょうか。

SNS 批判 怖さ 誹謗中傷 レビュー 書き込み コメント ママ友 トラブル 嫉妬 妬み 概念 タモリ 心理学 コーチング

↑「いいね」すると4yuuu!の最新情報が届きます♪
この記事を書いた人

坂本 ともこ/40代のプライベートコーチ

坂本 ともこ(さかもと ともこ)

【肩書き】
40代女性のプライベートコーチ

>もっとみる